『あなたへ』人を愛するということは、支配することじゃない
「私を縛るのは、本当に愛だったのか?」そう問いかけながら、私ははじめて気づきました。愛ではなく、支配がそこにあったと。誰かを心から大切に思うなら、自由を奪ってはいけない。束縛や支配の中に「愛」は育ちません。これは、長い年月を経てやっと気づいた本当の気持ちです。同じように苦しんでいる誰かに届いてほしくて、言葉にします。
愛と束縛を、私は勘違いしていた
「あなたのことが心配だから」「家族だから当然だろう」そんな言葉で、私の自由は少しずつ奪われていきました。当時は、それを愛されている証拠だと思い込んでいたのです。でも今は、はっきりと言えます。愛とは、相手の人生を尊重すること。相手のすべてを支配しコントロールしようとするのは、愛ではありません。
はじめは遠慮があった夫との関係
私たち夫婦の関係も、最初から悪かったわけではありません。結婚当初はお互いに遠慮や思いやりもありました。でも時が経つにつれ、夫は少しずつ変わっていきました。私が何かをするたび、それはダメ、聞いてない、許可したかという言葉が増えていき、私は自分の意志で動けなくなっていきました。最初は気をつかってくれているのかなと思っていました。でも、それが日常になるにつれて、私の行動はどんどん狭くなっていきました。
少しずつ深まる支配とコントロール
気づけば、日常のすべてが夫の支配下にありました。買い物、外出、友人との交流、すべてに確認が必要。勝手なことをするなと叱られ、言うことを聞かないなら出ていけと怒鳴られる。一見、家族を思っているように見える言動が、実は私の自由を奪っていたのです。そういう状況が長く続くと、自分が何をしたいのか、何が好きなのか、わからなくなっていきます。自分の気持ちがどこかに消えてしまったような感覚でした。
妻だから我慢するべきではなかった
妻とはこうあるべき、家族のために我慢するのが当然——そう信じて長い間、自分の気持ちを押し殺してきました。でも今は、はっきりわかります。我慢することと、愛することは違います。我慢を強いる関係は、愛ではなく支配です。本当に愛している相手には、我慢させたいとは思わないはずだから。
心も身体も、自分のものだと気づいた日
何かのきっかけで、ふと思ったのです。私の人生は、私のものだと。誰かに許可をもらわなくても、自分の気持ちで動いていいのだと。その気づきは、小さなことでした。でも、そこから少しずつ、自分を取り戻していきました。好きなものを好きと言える。行きたい場所に行ける。それだけで、こんなに心が軽くなるのかと驚きました。
愛とは、自由を尊重すること
長い年月を経て、ようやくたどり着いた答えがあります。愛とは、相手の自由を尊重することです。相手が自分らしくいられる場所を作ること。相手の選択を信じること。たとえ自分の思い通りでなくても、あなたがそうしたいならと受け入れられること。支配は相手を変えようとします。愛は相手をそのまま受け入れます。この違いに気づいたとき、私の中で何かが変わりました。
今、苦しんでいるあなたへ
もし今、おかしいな、つらいなと感じているなら、その気持ちを大切にしてください。自分がおかしいのかな、我慢が足りないのかなと自分を責めないでください。苦しいのは、あなたのせいではありません。あなたは、もっと自由に、もっと自分らしく生きていいのです。60代になった今、私はそのことを心から信じています。遅すぎることは、ありません。今日から少しずつ、自分の気持ちを取り戻していきましょう。